広島高等裁判所 昭和35年(ツ)31号 判決 1962年2月27日
上告人 控訴人・原告 藤井了
被上告人 被控訴人・被告 日本電信電話公社
指定代理人 加藤宏 外二名
主文
本件上告を棄却する
上告費用は上告人の負担とする
理由
上告人の上告理由は別紙記載のとおりであり、その要旨は、被上告人の被用者たる電報配達員訴外梅下敏行が本件電報を配達するにあたり名あて人訴外弘洋子の住所として記載された地番に該当する現地に臨んで名あて人を探索することをせず、たんに所轄郵便局、市役所支所又は二、三の近隣居住者に問合せただけで名あて人の所在が判明せざるものとし、配達不能の取扱をしたのは右梅下に故意又は過失があるといわなければならない。しかるに、右梅下のなした名あて人調査をもつて業務上の義務を一応尽したものとし故意はもとより重大な過失もないと判示した原判決には理由不備の違法があるというのである。
しかしながら、国家賠償法は国又は公共団体の損害賠償の責任につき公権力の行使に基く損害の賠償および公の営造物の設置管理の瑕疵に基く損害賠償以外のものについては原則として民法の規定によるべきものとし(同法第四条)ながら、同法第五条において民法以外の他の法律に別段の定があるときはその定めるところによるとして特別法の優先適用を認め民法の規定の適用を排除している。そして、被上告人公社が公衆電気通信役務を提供すべき場合においてその提供をしなかつたことにより利用者に損害を加えたとき、その損害の賠償につき国家賠償法第一条ないし第三条の適用なきことは右役務の性質上明白であるところ、他方公衆電気通信法第一〇九条は、かかる場合において同条第一項第一号ないし第七号に該当する限りそれぞれ右各号に掲げる額を限度とし被上告人公社においてその損害を賠償する旨規定しているから、被上告人公社の右役務不提供による損害の賠償については前記国家賠償法第五条の規定により、民法不法行為の規定の適用が排除されもつぱら右第一〇九条の規定によるべきものと解すべきである。けだし、被上告人公社の現時の人的物的施設のもとにおいてぼう大な数量の電気通信を低廉かつ迅速に取扱うにあたりある程度の誤謬・障害が発生しこれによつて利用者に損害を与えることがあるのは避けがたいところであり、しかもかかる誤謬・障害に対しいちいち損害賠償として多額の金員の支出を余儀なくされるものとすれば、電気通信事業の運営は困難となりかえつて一般利用者の負担を重からしめ公衆電気通信法の所期する公共の福祉の増進に背馳するにいたること明らかであるのに鑑み、前記同法第一〇九条はかかる結果を避けるため被上告人公社の負うべき責任の範囲を限定しかつ賠償額を制限したものとすべきであるからである。
これを本件についてみるに、本件電報が名あて人に配達されなかつたことは、公衆電気通信法第一〇九条第一項第一号に該当すること疑を容れないから、上告人は右に説示したところにより民法不法行為の規定に基いては被上告人に対し損害賠償を請求することができないものといわなければならない。(なお、附言するに、公企業の利用関係から生じた利用者の損害賠償請求につき国又は公共企業体の責任を制限した規定としては、右公衆電気通信法第一〇九条のほか郵便法第六八条、鉄道営業法第一一条の二、第一二条等を挙げることができるが、これらの規定は鉄道営業法第一一条の二第三項、第一二条第四項のような特則が存しないかぎり国又は公共企業体の被用者の故意又は重大な過失による行為についても適用せられるというべきである。)
果して然らば前記訴外梅下の本件電報配達の取扱方が民法不法行為の規定に該当するものとして被上告人に対し損害賠償を求める上告人の本訴請求は右訴外人に故意又は過失ありたるや否やを審究するまでもなく失当たるを免れないものであつて、原審が公衆電気通信法第一〇九条につき右と異なる見解に立ち電報が名あて人に配達されなかつたことにつき被上告人又はその被用者に故意又は重大な過失の存する場合には民法不法行為の規定の適用があるとしたのは法律の解釈を誤つた違法があるが、原判決は更に進んで右訴外梅下には本件電報配達の取扱につき故意又は重大な過失がなかつたものと判定し、上告人の請求を排斥した一審判決を是認し控訴を棄却したものであるから原判決は結局正当に帰し所論のような違法は存しないといわなければならない。論旨は理由がない。
よつて、本件上告を棄却することとし、民事訴訟法第四〇一条、第九五条、第八九条により主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 河相格治 裁判官 胡田勲 裁判官 宮本聖司)
上告理由
憲法第十四条に規定ある、国民は法の下に平等で差別されない。のならば上告人が控訴理由として、電報の宛先の場所氏名を八幡市本城大浦九四〇の四弘洋子と記載した事には不備はない。とは第一審で確定した事実である。然らば電報配達人は受取人を知、不知、又は配達が能、不能に関せず宛先場所の現地確認は出来る事であり、又配達人は之をなして居なければならない責務がある。旨を述べ、又之に対する判断が第一審判決には遺脱になつて居る、旨をも述べて此主張事実として甲第四号証を提出した。然るに原判決は右述に対する判断説示をする事なく、原審証人梅下敏行同兼田重人の証言採用で、宛名に心当りがなかつたので大浦地区内を宛名で尋ねた際、弘洋子宅の入口の杉浦宅でも尋ねたが徒労に帰した旨に説示あるも此証言を採用するには、経験則上対談者が居なければならず、又此事実は法示に従つて明確なる立証がなされて居ない限り、配達の当事者のみの証言を証拠として採用あるのは専恣に基く違法である。仮に採用の証言が事実であつても、甲第四号証に援用した、被上告人の機関紙に「電報は他の郵便物とは異なり、迅速且確実に受取人(宛名人)に到達する事を要請されて居るのであるから間借、下宿の場合は世帯主の何某様方、又個立の家屋に住居する場合は、番地迄記入して下さい」との旨で電報利用者に求めて居り、又公衆電気通信法第十九条電報はあて名に記載された場所に配達するものとするとの規定があるから電報配達人は電報に表示の九四〇の四を任意に大浦のみに簡略化し以て宛名で尋ねたとするも此故によつて配達責務が回避せられるものではない。
右述を検討すると電報の宛先表示の場所には人の居住有無に関せず表示場所は確認せられて居なければならない。然らずしての本件で採用の証人梅下、同兼田の証言は経験則上成立して居ない処である(責務上で)にも拘ず敢て此証言を採用せられるには、他に経験則上納得の出来る特別の事情がなければならず又此事情は判断理由として判決に説示されて居なければならない事になつて居る。然るに原判決には此の事情を示す事なく甲第四号証(公衆電気通信法第十九条の規定を含む)より生ずる、「あて名に記載の場所」の判断を排斥して居るのは違法である。即ち判決で確定の事実は、(本件電報配達時には)1、弘洋子宅は昭和三二年十月中旬頃上棟し同年十二月中旬頃完成間もなくその夫弘昭典と共に入居して一週間位経過して居たのであるから仮に近隣の者の中に不知者が居ても宛名に記載の場所には現存して居た。2、近隣の家屋は数軒であつて、同番地内に混在者はなかつた。3、然して証人梅下敏行の証言(には前述通り裏付がない)同兼田重人の証言は共に、調査対照は宛名であつて、表示場所はない。換言して大浦部落の弘洋子を尋ねても、大浦九四〇の四の弘洋子を尋ねた事実はないのであるから電報配達人は甲第四号証(前述の規定を含む)に従つて居ないのであるから故意然らずとしても過失によつて電報を配達して居ない事になるから、日本電信電話法第八条、民法第七一五条の規定より民法第七〇九条同七一〇条の援用請求は出来る処である。然れ共原判決は前述した如く経験則上納得の出来る特別の事情を示す事なく、且尋ねたとする行為者のみの供述を採用し、経験則上に有する意義、即ち「所によつて人を求める」判断を遺脱して居る事になるから民事訴訟法第三九五条第一項第六号の規定を援用し事実認定上の理由不備として、上告をした。